2,026年6月5日(金)
羽黒山
長年、飯豊山を中心に春山・冬山・沢登りを共にしてきた山仲間と退職後も登山とハイキングを続けたきた。 今回は家族を含めて羽黒山を訪れ、旧交を温めた。
| 年月日 | 2025.6.5 |
|---|---|
| 天候 | 晴れ |
| コース | 新潟市=鶴岡市羽黒町=羽黒山入口-羽黒山五重塔-羽黒山三神合祭殿=休暇村荘内羽黒 |
| メンバー | MGC新潟山岳部OB・家族8名 |
| 行動時間 | |
| 感想、他 | 登山口の随神門から山頂まで1700mの道のりは徒歩60分と案内図にあったが、年長の私はおよそ2時間もかかった。 標高差は300mしかなく、昔はどんな山でも、重荷を背負って1時間以内の範囲だったが、やはり山登りの限界点を迎えつつあるようだ。それでも楽しかった。 |
| 時刻 | 位置(標高m) | バロm | 記事 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 9:00発 11:40 | 新潟市発 鶴岡西IC | 鶴岡市で荘内藩校「致道館」を見学し、郷土料理の「麦きり」を食べる | ||
| 13:55 | 羽黒山入口 | 135 | 入口の鳥居奥に随神門があり継子坂の石段を下降する。角に6軒の神社があったが役目はわからない。登山時にみそぎをした祓川に赤の太鼓橋(祓川神橋)が架かり、直ぐ爺杉と五重塔が現れた。 | 案内図に随神門から五重塔まで300m、徒歩10分とある |
| 14:20 | 爺杉(じじすぎ) | 天然記念物に指定されている爺杉は樹齢1000年、幹周り25mの巨木 | ||
| 14:30 | 五重塔 | 国宝五重塔は平将門創建、最上義光が慶長13年(1608)に再建、高さ29m、三間五層の素木造り、杮(こけら)葺き | 杮葺きとは屋根をサワラやスギ板(厚さ3-4mm、10-30cm)で葺いたもの | |
| 13:55 | 一ノ坂 | 参道の石段は2446段、途中の石段にひさごや盃など33個が彫られている。 | ||
| 14:50 | 二ノ坂・茶屋 | 284 | 二ノ坂は急坂で「油こぼし」と言われている。 「力餅」が名物の茶屋があるが、閉まっていた。15時閉店に閉店。 この先に芭蕉塚があった。 | 特別天然記念物の羽黒山杉並木は樹齢300~500年のものが約540本 |
| 15:15 | 三ノ坂 | 308 | 三ノ坂上部で「徳利と盃」「瓢と盃」が彫られているのを平松氏がら教わった。 | |
| 15:40 | 頂上鳥居 | 参道の石段2446段を登り切って頂上の鳥居に到着。車を回してくれた親松氏が鳥居の前で出迎えてくれた。 | ||
| 15:50 | 三神合祭殿 | 435 | 月山・羽黒山・湯殿山の三神を合祭した大社殿。 厚さ2.1mの茅葺屋根、漆塗の内部に見ごたえがあった。 工事の足場が周りを覆っていたため外観が見えなかった。 | |
| 16:10-16:20 | 駐車場 | 佐々木氏と親松氏が途中で引きかえし、車をここまで上げてくれていたので、安心して宿に向かうことができた。 | ||
| 休暇村荘内羽黒 | 駐車場から20分弱で到着。 部屋での3次会で「飯盒めしの仲間」だけでなく、長年登山時に留守を守ってくれた女性陣も含めて盛り上がった。 楽しいハイキングと宴会で古くからの旧交を温め、新たな絆にもつながった。 感謝感謝!! |
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羽黒山入口の鳥居、奥に随神門がある
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いきなり杉並木が出迎えてくれた
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継子坂が右曲するところに、小さな神社が集まっていた
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一ノ坂の女性陣
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祓川に架かる赤い太鼓橋(祓川神橋)
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羽黒山・月山・湯殿山の石碑、なぜ一番低い羽黒山に合祭することになったのだろう
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爺杉はじじすぎと呼ばれ、樹齢1000年と言う
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みごとな杉並木、ここの杉並木は特別天然記念物に指定されていて、300~500年の樹齢木が約540本ある
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国宝羽黒山五重塔 約600年前に再建された
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五重塔の前で記念撮影
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二ノ坂のある茶屋、午後3時には閉まっていた
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芭蕉塚石碑に三日月塚とあるが、句は読み取れなかった
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石段2,466段にこのような盃やひさご、蓮の花などが33カ所に彫られているという
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羽黒山頂上にある鳥居、出迎えてくれた親松氏と一緒に。平松氏撮影
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厳島神社庇下の向背はたくさんの彫刻で飾られていた、柱にあるのは昇竜と降龍だろうか
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羽黒山・月山・湯殿山の三神を合祭した大社殿。厚さ2.1mの茅葺屋根、総漆塗の内部が見どころ。
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鏡池から銅鏡や仏像が出土した一部が出羽三山歴史博物館に展示
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鎌倉期の梵鐘
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茅の輪の前で
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休暇村荘内羽黒で乾杯!
































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